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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

三国列伝―その他・葛玄  左慈の一番弟子



葛玄(かつげん)字は孝先(こうせん)
出身地不明(??~??)

~経歴~
左慈の弟子の仙人。葛仙公(かつせんこう)とも呼ばれる。
飲まず食わずで何年も生き、火に燃えず、水中で濡れることなく何日も寝られるなど数々の仙術を操った。以下、特に面白いものを箇条書きにする。

・川岸で洗濯をしている女を見かけると葛玄は「今からあの女を逃げ出させよう」と言い、護符を川に投げ入れた。すると急に女は逃げ始め、いくら走っても止まろうとしない。葛玄が護符をもう一枚投げ入れると、女は我に返った。なぜ逃げ出したのか尋ねると彼女は「全くわからない」と答えた。

・葛玄の常宿の亭主が病に苦しみ、精霊に祈っていた。だが精霊の態度が横暴だったため、葛玄は鬼神を呼び出しこらしめさせた。

・通りがかったものは下馬しなければならない廟があった。葛玄が馬を降りずに通りすぎようとすると、廟にまつられた神は怒り大風を起こした。だが葛玄が「何をするか」と一喝するととたんに風はやんだ。葛玄の怒りは収まらず、護符を廟の中に投げ入れた。すると付近の木にとまっていた鳥が一斉に死んだ。さらに数日後、木は全て枯れ果て、廟はひとりでに燃え出して焼失した。

・魚屋に行った葛玄は「この魚を川の神のもとへ使いに行かせたい」と願い出た。魚屋が「死んだ魚には無理でしょう」と言うと、葛玄は護符を魚に飲ませ、川に投げ入れた。
すると魚が息を吹き返し、護符を吐き出すと空に飛び去っていった。

・冬の日のこと、葛玄は来客が寒がっていたため、口から火を吐いて部屋中を燃やした。だが火は暖かいだけで燃え広がらず、火傷することもなかった。また別の客が来ると葛玄は分身して応対したという。

・ある道士が不老長寿で数百歳にもなると自称していた。葛玄は天人を呼び寄せると「お前は本当は何歳だ」と下問させた。恐れいった道士は「73歳です」と白状し、それ以来姿を消してしまった。

・孫権に招かれ船で遊んでいると、葛玄は風にあおられ川に落ちてしまった。そのまま浮かんでこなかったため、孫権は葛玄が死んだと悲しんだ。
だが翌日、葛玄は平然と帰ってきて「川底で伍子胥(ごししょ 数百年前の名将)に招かれ、先程まで酒を飲んでいました」と謝った。

・ある人に招かれた葛玄は、気が進まなかったがしぶしぶ使者についていった。だがしばらく歩くと葛玄は急に倒れて死んでしまった。使者は助け起こそうとしたが、手足をつかむと手足が、頭をつかむと頭がバラバラにちぎれた。さらに死体がたちまち腐敗してウジが湧き出したため、使者は葛玄の家族に知らせようと家に戻った。
だが葛玄は自宅でくつろいでおり、不審に思って引き返すと死体も消えていた。

・ある日、葛玄は「8月13日に私は死ぬ」と明言した。その日になると衣服を整えて横になり息絶えたが、顔色は生前と変わりなかった。
弟子が葬儀をしていると3日後、夜半に突風が吹き、雷鳴とともに灯りがふっと消えた。
風がやみ灯りをともすと葛玄の姿はなく、服だけが帯も解かれず着ていたままの形で寝台に残されていた。葛玄は帰って来ず、翌朝に隣家のものに尋ねても「突風も雷もなかった」と答えたという。


このように数々の仙術を見せたが、それでも師匠の左慈には及ばず、仙薬の書を譲られたが、最期まで金丹(万病の薬)を作ることはできなかったという。

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