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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

三国列伝―その他・朱儁  名将、憤死す



朱儁(しゅしゅん)字は公偉(こうい)
会稽郡上虞の人(?~?)

~経歴~
後漢末の名将。若くして父を失い母が絹を売って生計を立てた。親孝行で知られ侠気に富み、金にこだわらなかったため誰からも慕われた。
同郷の周規(しゅうき)は都に召し出されたとき、郡の倉庫から金を持ち出し冠をあつらえた。しかし周規は貧しくて借金を返すあてがない。そこで朱儁は母の絹を持ち出して肩代わりしてやった。商売道具を勝手に持ち出された母は激怒したが、朱儁は「少しの損をして後に大きな利益を得るのです。初めが貧しければ後には裕福になるのは当然です」と答えた。

尹端(いんたん)のもとで主簿を務めたとき尹端は大敗を喫し弾劾された。すると朱儁は変装して都へ赴き、賄賂をばらまいて罪を減刑させた。尹端は大いに喜んだが、朱儁は生涯他言しなかったので、どうして助かったのか知ることはなかった。(ならなぜこうして史書に残ってるのだろう)

黄巾賊が蜂起すると、誰もが「朱儁には才能がある」と推挙したため、皇甫嵩(こうほすう)らとともに出陣し、張曼成(ちょうまんせい)を斬るなど大勝利を収めた。
董卓が都を牛耳ると、暴政に反抗した。さしもの董卓も名声ある朱儁を斬ることはできず、副官にして手なづけようとしたが、朱儁は言葉巧みにかわした。やがて董卓が長安に遷都すると洛陽に残され、危機を感じた朱儁は兵を起こし対抗した。

董卓が死に郭汜らがさらなる混乱を巻き起こすと、陶謙(とうけん)によって反乱軍の総大将に祭り上げられそうになる。すると郭汜も朱儁を都へ招いた。朱儁は「郭汜など小人物に過ぎず、彼らに長期的な計画はない。私は機を待ち隙を見て決起しよう」と言い郭汜の招きに応じた。
しかし郭汜らの短絡ぶりは朱儁の予想を上回り、仲間割れを起こした郭汜はすかさず朱儁を人質に取ってしまった。剛直な朱儁は怒りと恥でその日のうちに病を発し、亡くなった。

ちなみに息子の朱皓(しゅこう)は予章太守となり、先任の諸葛玄(諸葛亮の叔父)を追放している。

「演義」では劉備の功績をねたんだり横取りしたりと、しょうもない小人物に描かれているが、実際はこの通り三国史上でも屈指の名将である。

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