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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

三国列伝―その他・張闓  曹操の父を殺した小悪党



張闓(ちょうがい)字は不明
出身地不明(??~??)

~経歴~
後漢末の群雄・陶謙(とうけん)の配下。

曹操が兗州刺史となり、父の曹嵩(そうすう)を迎え入れようとしたとき、陶謙の治める徐州を通過中に護衛を務めていたが、曹嵩のたずさえた財産に目がくらみ、殺して奪い取ると逃走した。ちなみに『演義』での張闓は黄巾賊の残党とされる。
激怒した曹操は徐州に攻め込み、河が死体で堰き止められるほどの大虐殺を行うのだった。
その後の張闓の行方は不明だが、袁術(えんじゅつ)の配下に張闓陽(ちょうがいよう)という者がおり、暴君・袁術のもとに逃れたという発想は安易ながら、同一人物かもしれない。

なお曹嵩の殺害に関しては諸説あり、陶謙が命じて殺させたというものもある。
陶謙は曹操の大虐殺を正統化するために、無道な君主というイメージ作りがされ、幼い孫策を迫害したとか、招きに応じない張昭(ちょうしょう)を幽閉したなど、事実かどうか判然としない記述が多いため、曹嵩の件もよくわからない。
だが陶謙は(これらも事実かどうかはやはりわからないのだが)董卓追討軍が結成された際に、それに合流しないどころか董卓とよしみを通じて官位を受けたり、盗賊の闕宣(けつせん)と組んで江東を荒らしたりと、『演義』での好々爺然とした印象からは程遠い、なかなか狡猾な面を持った群雄であり、曹嵩を殺すくらいのことはやりかねないとも思える。

だが陶謙の誤算は、非力とあなどっていた曹操がこの頃、青州黄巾軍を得て大きく力を蓄えていたこと、その力を示し曹操恐るべしというイメージを植え付けるため、徹底的な虐殺に乗り出したこと(曹操は父の仇討ちに燃えて虐殺をするような人物ではないだろう。この必要以上の殲滅戦は、力を見せつけるためのものだと考えられる)であった。

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