忍者ブログ

夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

三国列伝―その他・嵆康  竹林の七賢・ドヤ顔



嵆康(けいこう)字は叔夜(しゅくや)
豫州譙国銍県の人(224~262)

魏の末期に酒と薬物に溺れながら清談を繰り広げた「竹林の七賢」の中心的人物。
曹操の曾孫(曹休(そうきゅう)の孫娘)をめとった。

非凡な才能と容貌に恵まれていたが、人付き合いを嫌って野山に交わり老荘思想に没頭した。
琴の腕に優れ音楽論にも長け多くの著作を残している。
友人で七賢の山濤(さんとう)が後任として推薦しようとすると「文選」にも収められた名文の絶交書を送りつけ、山暮らしを続けた。
だが死の直前には息子を山濤に託しており、絶交は文字通りの意味ではなく自らの姿勢表明であったと思われる。

262年(あるいは263年)、親友の呂安(りょあん)が、妻と密通したとして兄の呂巽(りょそん)を告発しようとした。
ところが呂巽は先手を打って弟を親不孝の罪で告発した。嵆康は呂安を弁護したが、かねてから嵆康を陥れようと企んでいた鍾会は、嵆康と呂安を讒言した。
嵆康は山濤の推薦を断ったことと、呂安の弁護を罪状に数えられ揃って処刑された。
その間際には「広陵散」と呼ばれる門外不出の名曲を披露し「広陵散は今、絶えた」と言い遺したとされる。

かつて嵆康は山野で暮らす孫登(そんとう)という道士のもとに3年通い教えを請うていた。
しかし孫登は一言も口を利かず、別れ際に嵆康は「まだ一言もいただけないのでしょうか」と尋ねた。
孫登はおもむろに口を開くと「あなたは多才だが見識に乏しい。今の世では難を免れるのは難しいだろう」と予言を下したという。

拍手[0回]

PR

コメント

プロフィール

HN:
小金沢
性別:
非公開

P R