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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

三国列伝―その他・宋建  知られざる独立国家



宋建(そうけん)字は不明
涼州隴西郡の人(??~214)

後漢末の群雄。
184年、黄巾の乱に乗じて涼州で王国(おうこく)とともに反乱を起こし、土地の名士である韓遂(かんすい)と辺章(へんしょう)を人質に取り、太守や護羌校尉を殺した。
すると宋建らは韓遂と辺章を釈放するとともに、盟主として擁立した。

宋建は「河首平漢王」と称し、独立国家を立て独自の年号を用い、丞相以下、百官を任命した。
韓遂、王国とは別行動を取ったと見られ、数年後に辺章が病没し(韓遂による暗殺説もある)、王国は仲間割れの末に追放されている。

次に史書に宋建の名が現れるのは214年のこと。
馬超・韓遂が潼関の戦いで敗北し涼州に逃亡した後、追撃を掛けた夏侯淵は韓遂と宋建の首を挙げた。
宋建は実に30年にわたり反乱を続けたのである。

しかし著名な馬超と絡んだおかげで「演義」にも登場する韓遂と比べ、そもそもの首謀者である宋建はあまりに無名である。
だが当時は反乱者の代表格として知られていたようで、周羣(しゅうぐん)が212年に予言した「近いうちに滅亡する群雄」の中で宋建は張魯(ちょうろ)、劉璋(りゅうしょう)、韓遂と並んで挙げられる。
また傅玄(ふげん)は「反乱者は悲惨な最後を迎える」という例として直近で起こった諸葛誕や毌丘倹(かんきゅうけん)の反乱とともに宋建を挙げており、少なくとも宋建が魏を大いに悩ませていたことは間違いない。

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