忍者ブログ

夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

三国列伝―その他・劉岱  群雄の方の劉岱



劉岱(りゅうたい)字は公山(こうざん)
青州東莱郡牟平県の人(??~192)

後漢末の群雄。皇族の末裔で、陶丘洪(とうきゅうこう)には弟の劉繇(りゅうよう)とともに「もし名君に劉岱を先に、劉繇を後に用いさせればさながら二匹の龍を操り、二頭の駿馬を走らせるようなものだ」と称賛された。

190年、朝廷を牛耳る董卓の命で兗州を治めていたが、袁紹らの呼びかけに応じ董卓追討軍に加わった。
だが酒宴にふけるばかりで積極的に戦おうとせず、兵糧が尽きて解散すると、追討軍結成の檄文をものした橋瑁(きょうぼう)と対立し、彼を殺害した。
その後、袁紹と公孫瓚(こうそんさん)が敵対すると、その双方と友好関係にあった劉岱は判断に迷い、配下にいた程昱(ていいく)に意見を求めた。
程昱は「公孫瓚が今は優勢だが結局は袁紹が勝つだろう」と言い、劉岱もそれに従った。程昱の読みは当たり、喜んだ劉岱は重職に任じようとしたが程昱は病を理由に辞去した。

総勢百万とも言われる青州黄巾軍が攻め寄せると、劉岱は董卓追討軍でともに戦った鮑信(ほうしん)に意見を求めた。
鮑信は籠城すべきだと言ったが、劉岱はそれを無視して出撃しあえなく討ち死にした。
鮑信も青州黄巾軍に敗れて戦死し、この乱を鎮圧した曹操が後任の兗州刺史となった。


~もう一人の劉岱~
同時代に曹操の配下にもう一人「劉岱」という人物がおり、しかも字が同じ「公山」のためしばしば混同されている。
「演義」でもこの二人は同一人物とされ、劉岱は戦死せずに曹操の配下となっている。

拍手[0回]

PR

コメント

プロフィール

HN:
小金沢
性別:
非公開

P R