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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

三国列伝――その他・張魯  カリスマ教祖様



張魯(ちょうろ)字は公祺(こうき)
豫州沛国豊県の人(?~216?)

~経歴~
早くに父を亡くし、祖父が興した五斗米道(ごとべいどう)という教団の教祖となる。
劉焉(りゅうえん)に張脩(ちょうしゅう)とともに漢中を攻めるよう命じられると、張脩を殺し軍勢を奪い取り、漢中を制圧して独立した。
五斗米道とは信者に五斗の米を布施させることから名づけられていたが、張魯は私腹を肥やすことなく、街道を敷き宿場を建て、善政を布いていた。
しかし時代の流れにはあらがえず曹操の大軍に攻められる。敗北を悟った張魯は降伏を考えるが、参謀の閻圃(えんほ)の「追いつめられさっさと降伏しては軽く見られる」との助言に従い、漢中を捨てて逃亡した。
その際に「これは国家の物だ」と蓄えに火を放たず、宝物庫に錠を下ろしたため、曹操はいたく感心し張魯を説得し降伏させた。
だが国を奪われ失意の底に沈んだ張魯はその翌年に世を去った。
死後、張魯は手厚く埋葬され、息子たちは取り立てられ娘は曹操の子に嫁いだ。たった1年の間に曹操と結んだ交誼がうかがい知れる。
なお五斗米道は1800年を経たいまも正一教として続いている。

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